1月
11
2010

100日


こないだ生後100日を迎えたので、「エセ」お食い初めをしました。
もうすぐ3ヶ月からそんなに日は経ってないのですが、物を掴んだり夜中起きなくなったりと、またまた変化が現れてきました。

そして生後2週間からジーナ式でやってきましたが、最近になってその効果(?)を実感してきてます。特に「ベッドに置いたら一人で勝手に寝る」のはありがたい。

始めのころは背中スイッチ作動しまくりで、ベッドに置いたらギャン泣き、途中で目が覚めても寝付けないことが多く、抱っこからどうやって手を頭から引き抜こうか真剣に悩みました。抱っこでユラユラ(腰痛に)、子守唄(延々と)、スクワット(太もも筋肉痛)、階段上り下り(息切れ)、トントン(手首つる)、シーシー(動悸&眩暈)、全てやってたし・・・。寝る前がホント憂鬱でした。でも、今はベッドに置くだけ!(嬉泣)

「100日経てば楽になる」と耳にしたことがありますが、生まれたときと比べたら本当にそう。
子の成長 + 親の育児慣れ + ジーナ効果、、、かな?

1月
08
2010

私は風呂敷と手ぬぐいが大好きだ。
その美しい柄と手触り、使用用途に合わせて姿かたちを変える柔軟性、丈夫で繰り返し使える頑丈さ。大好きなのに、実は1枚も持っていない。

furo1タンスを整理していたら、化粧品のオルビスから無料で送られてきた風呂敷が出てきた。
先日送られてきたカタログに風呂敷でバッグを作る方法が載っていたので作ってみた。

furo2実に簡単でかたちもカワイイ。
開き口も絞ったりゆるめたりできる。
必要な時に作り、要らなくなったら小さく畳み、洋服を包んだりお土産として渡したりと、旅先でも大活躍しそうだ。
作り方は多分ここの「お買い物袋」と同じだと思う。

外国の人にもきっと気に入ってくれると思うし、少しずつ集めたい気分になってきた。

【 風呂敷・その他リンク 】

1月
06
2010

正月早々、コンデジを買いました。
本当はGR DIGITAL IIIが欲しかったのだけど高いので断念し、Canon PowerShot S90にしました。

レンズは広角側でF2.0(リコーは1.9)、高感度でもノイズが抑えられている、RAWでの撮影も可能という点に惹かれました。コスパはかなり高いと思う。
フルオートでは人の顔を自動察知してピンを合わせてくれるんだけど、結構正確でびっくり。被写体に近づけば自動的にマクロモードになる。マクロは5cmでリコーの1cmに比べると物足りない感じだけど、マクロばっかり撮るわけじゃないのでまぁいいかな。

マニュアルフォーカスは、ピント部分が拡大表示され目視で確認できる。
リコーの方はピンを合わせたい部分にカーソルを動かすことによってピン合わせができて使いやすいなと思ったけど、フォーカスロック(半押ししてピンを合わせカメラを移動させて構図を変える)でもある程度できるのでこれもまぁいいかな。

でっかいカメラ持ち歩く余裕もないし、しばらくはこれで日常を記録してみようと思います。

s90_1
s90マクロモードにて

1月
06
2010

92

pic
お正月は父方の祖父の家に集まりました。
子にとってはひいおじいちゃん、何とその年の差は92歳!
祖父は寝たきりで目も殆ど見えなくなってしまったが、手を握り、アウアウという声を聞き、赤子との時間を楽しんでいたようで、「こうして皆が集まる声を聞くと、長生きしてみようかなと思える。」と呟いたのが聞こえました。

その祖父は2007年に「ゼロからの出発」というタイトルの自伝を出版しました。

祖父の人生は波乱万丈すぎて簡単に説明などできないのだけど、活動を2つに絞ると、山田模型でプラモデルの模型デザイナーとして、開発・設計・図案・箱絵の全てを一人で手がけ、当時大ヒットしたGOGOサブマリンという潜水艦を始め、プラモデル業界に貢献してきました。

その後プラモデル業界を離れ、押すだけでお湯が出るエアーポットをしくみを発明し特許取得後、ラジコンの飛行機を作りながら生活していました。

その他にも、小卒の時点で働かざるを得ない状況という今じゃ想像もつかないほど「超」貧乏な中、家族の死・行方不明(戦死含む)を乗り越えながら絵描きとして自ら仕事を取っていく苦労や、子供3人抱えながらデザイン会社を営む過程(3?4畳間×2階建ての兼実家)、開発(もの作り)と経営の難しさなど色々書かれています。
もの作りと経営については、時代が変わってもあんまり変わらないですね。

因みに押すとお湯が出るポットのアイディアは、当時祖母が湯飲みにお湯を注ぐときにポットごと倒しているのを見て、ああ、これじゃぁ不便だろうということで作ってみたとのこと。
アイディアは実は身近にあるのですよね。
でもそれをカタチにしてビジネスに乗せるのが至難の業。

本を書き始めたのは、80代後半でしょうか。原稿用紙びっしり手書きでコツコツと書いていたのを覚えています。

話を最初に戻すと、久々に会った最近社会人になった従兄弟は映像系のフリーランスとして仕事をしているらしい。
これで親戚・家族誰一人として会社勤めをしていない状態となった!
自分の子もどういう道に進むのか、今から楽しみ。
(心身ともに健康だったら何でも良いのだけど。)

* * *

私は今年一年は思う存分赤ちゃんという生き物を観察し、楽しみ倒したいと思います。
どんな瞬間も見逃すまい。

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
皆さまにとって幸多き年になりますように。

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