写真のアーカイブ
9月
20
2009

明けましておめでとうございます。
遅れましたが、ユダヤ暦で新年を迎えました。
毎度の事ながらすっかり忘れており、机の上にひっそりと置かれた林檎を見て思い出しました。
(ゴメンよ、相方。)

Pentax K-xが凄いことになってる。私的にはとても微妙なんだけど、なんだろ、カメラの形なのか?もっとクラシックでコンパクトなデザインだったら「カワイイ★」って思えるかもしれない。ストロボのなだらかな山の部分が気持ち悪い・・・。

iidaのplyが素敵。使い勝手は分からないけど、色のグラデーションやvictorinoxのナイフみたいな機能美に惹かれる。iPhoneの前はずっとauユーザーで、携帯のデザインはイマイチというかあまり興味がなかったんだけど、まだauだったら使ってみたいかも。

最近は柄にもなく、ママ向け雑誌を買ってみたりしている。(ママって言葉・・・似合わなさ過ぎて使いたくないのだが。)
母親っていうと、前ばってんおんぶ紐(えんじ色)にひとつ結びのアホ毛ボーボーって感じで、生活感丸出しのイメージがあったのだけど、って一体何時代のどこのイメージなのかってのは置いておいて、最近雑誌や街で見かけるお母さま達は、子供連れでなければ子持ちだとは思えないほどお洒落で垢抜けていらっしゃる。

そんなお洒落ピーポーをフィーチャーした雑誌を眺めてると、自分らしさを失わずに子育てできるんだ!っていう希望or妄想が膨らんでしばし現実逃避。でも現実はね、きっと・・・。雑誌に踊らされつつも、出産までもう少し夢見させていただくことにする。

【 今日の写真サイト 】

9月
17
2009

無題

自分のことを思いっきり棚にあげて言おう。
最近写真がつまんないなー、と。。
どこかで見たことがあるイメージ、どこかで聞いたことがあるコトバ。
ハンマーで頭を叩き割られるような、シャベルで胸をえぐられるような写真に最近出会っていないなぁ、と。

でも、それは自分のせいかもしれない。
もう興味&執着が昔ほど強くないから?
大人になりすぎてしまったから?
作品を「観る」努力が足りない?←これは大いにある。

凄いな?と思う方はたくさんおります。
1ページにおさまりきらない経歴や技術的・視覚的に圧倒されたり、演出・マーケティングがうまかったり(これもとても重要ですが)。
でもそれは感嘆であって、個人的な感動・体験にまでに至らない。「写真が分からない」と仰った方の気持ちが今、よく分かる。

個人的体験を書くと、20歳前後の時に出会った高橋恭司さんと長島有里枝さんの写真は、当時いわゆる正統的な写真を勉強していた私にとっては衝撃であった。心の奥底に触れられた感じ。(当時はガーリーフォトとかいう括りがあったけど、この2人は全然違うと思ってた。)それ以来、国内ではそういう出会いは殆どなかったかもしれない。時代・若さ・個人的環境の影響もかなりあるけれど。

もう気づいている人は、どんどん海外に流れていくんだろうなぁ。
海外で評価されて逆輸入というパターン。
だって、日本の写真界の閉塞感ったら・・・。

どこで聞いたか読んだか忘れたけど、
絵の世界での日本のアマチュアの技術レベルは非常に高いという話。
それは大学入るために必死にデッサンの勉強をするから。
それに比べるとプロは・・・ということであった。
(私は絵に関しては素人なので判断できませんが。。。)

「うまい」だけじゃダメなんだよなぁ。

とまぁ、いつもいつも考えていることを、超久しぶりに書いてみる。
写真と関わりたいという気持ちがまだあることを確かめたくて。
うん、まだまだ、ある。

【 今日のサイト 】

何かよい展覧会はないかな?とネット上をウロウロしていたら、飛び込んできたやなぎみわさんの「婆々娘々」についての記事。あまりのインパクトに釘付けになってしまった。7年ぶりの個展ということだけど大阪なのね。。。東京にも来ることを期待。インタビューも興味深かった。7月26日放映の日曜美術館にも登場予定。

【子育てについて】

やなぎ:作品だけ見たらあまりわからないと思いますが、天秤にかけるところはありますね。例えば、子どもは今、私がいないと食べるにも困ると思うんですけれども、子育てするのと作品とどちらが重いか比べるということはありますね。

近藤:それは比べられない問題のような。よく女の人が男の人に、「仕事と私、どっち選ぶの?」っていうしょうがない質問をするような……。

やなぎ:もちろんしょうがないんだけど(笑)それでも作るべきものがあるか?と自問するようになりました。アートって余剰なものですよね。今誰かを救済したり世の中に急激な変化を与えたりはせず、稀に、その非常に個人的な部分が他者と共鳴して奇跡を起こす。その根本的な存在意義を探すようにはなりました。これまで美大を出て制作するのが普通という感覚で続けてきたところがあったので。

この制作時間を作るために、子どもをはじめ犠牲になっている人がいても、それでも作らなければいけないのか?と、必ず一瞬は考えるようになりました。そこでさっきの「8 1/2」の主人公の言葉がすごくはまってね。「この世の中に欠落した部分を埋めるようなものを作りたかったけれども、そういう勇気を持ち合わせず、何もできないのはこの自分だ」。この言葉を陳腐だとは感じないですね。
Tokyo Source インタービューより抜粋

このTokyo Sourceのインタビューは面白い。最終的には一冊にまとめての出版を目指してると書いてあるけど、やっぱりちゃんと読むなら本がよいな。できるだけモニター見たくない。。。

以下、見たい展覧会をいくつか。

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