Jul
15
2009

人を犠牲にしてまでやる価値があるのか

何かよい展覧会はないかな?とネット上をウロウロしていたら、飛び込んできたやなぎみわさんの「婆々娘々」についての記事。あまりのインパクトに釘付けになってしまった。7年ぶりの個展ということだけど大阪なのね。。。東京にも来ることを期待。インタビューも興味深かった。7月26日放映の日曜美術館にも登場予定。

【子育てについて】

やなぎ:作品だけ見たらあまりわからないと思いますが、天秤にかけるところはありますね。例えば、子どもは今、私がいないと食べるにも困ると思うんですけれども、子育てするのと作品とどちらが重いか比べるということはありますね。

近藤:それは比べられない問題のような。よく女の人が男の人に、「仕事と私、どっち選ぶの?」っていうしょうがない質問をするような……。

やなぎ:もちろんしょうがないんだけど(笑)それでも作るべきものがあるか?と自問するようになりました。アートって余剰なものですよね。今誰かを救済したり世の中に急激な変化を与えたりはせず、稀に、その非常に個人的な部分が他者と共鳴して奇跡を起こす。その根本的な存在意義を探すようにはなりました。これまで美大を出て制作するのが普通という感覚で続けてきたところがあったので。

この制作時間を作るために、子どもをはじめ犠牲になっている人がいても、それでも作らなければいけないのか?と、必ず一瞬は考えるようになりました。そこでさっきの「8 1/2」の主人公の言葉がすごくはまってね。「この世の中に欠落した部分を埋めるようなものを作りたかったけれども、そういう勇気を持ち合わせず、何もできないのはこの自分だ」。この言葉を陳腐だとは感じないですね。
Tokyo Source インタービューより抜粋

このTokyo Sourceのインタビューは面白い。最終的には一冊にまとめての出版を目指してると書いてあるけど、やっぱりちゃんと読むなら本がよいな。できるだけモニター見たくない。。。

以下、見たい展覧会をいくつか。

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