赤ちゃんのいる生活
カテゴリー : 育児 , 日常 タグ: 育児 | 2 Comments »
私はもともと子供にあまり興味がなく、子供を持つ自分の姿も全く想像できませんでした。
結婚ですらそうで、「一生ひとり、老後はボロアパートで孤独死する」イメージは簡単に想像できたくらい。
30近く?30代に入ると、仕事の経験値もあがり余裕も出てくる。
自由になるお金もちょっぴり増えて、今まで我慢してたものを少しだけ買うこともできるし、自分の趣味や好き嫌いもはっきりしてくるので、買い物が楽しくなる。一人時間の使い方が上手くなり、あれもしたいこれもしたいが増えてくる・・・etc.etc。もちろん写真だって、ふらっと気の向くままに旅に出て撮りに行くことだってできる。(仕事の休みを使って)
20代とは違う楽しみ方を覚えるこの時期に、子供がいたらどうなるんだろう。
1日フルで仕事に費やせる人たちと同じ土俵で仕事するのは、もう無理なのか。
自分の好きなこと・好きな時間・やりたいことを全て諦めないといけなくなるんだろうか。
第一、長い間自分中心に生きてきた人間が、
人の人生に責任を持ち、育てることなんてできるのか。
自分の子は特別かわいい、なんていうけれど、本当に自分の子を愛せるのか。
なんて、真剣に考えていました。子ができるかも分からんのに。
子供は「いつかは」欲しい。欲しいのか?欲しいかも?
でも今すごく欲しいわけではないし、かといって絶対に生まない・生みたくないといった選択をするほど強固な意思・考え、状況があるわけではない。
今の生活もそこそこ楽しいし。
じゃぁ、いつっていつ?・・・
自問自答を繰り返す。
その頃は子供を持つことのマイナス面ばかりが気になっていて、なかなか前に進めませんでした。
色々考えた結果、というか、面倒くさくなって逆にあまり考えずに生んでみたら。
お産が大変だったにもかかわらず、やっぱり生まれてからもなかなか実感が湧かなくて、
急にちっちゃい生き物が我が家にやって来た、って感じでした。
バウンサーでゆらゆらしながら寝ている姿を見ても、
「アナタハ、ドコカラキタノデスカ?」って聞いてみたり。
相手も私のことを「泣いたら現れる、おっぱいをくれるなにか」ぐらいに思ってたかもしれない。
でも無我夢中でお世話しているうちに、段々と変化が表れてきた。
1人で外へ用事を済ませなければいけないとき、寝てる顔・泣いてる顔・ボーっとしてる顔、
色んな顔が目の前に浮かんできて、早く会いに行きたくなる。
朝起きた時の、90度に回転して布団の中に納まっていた地蔵のような寝姿や、
(どうやったのか理解不能)

変な踊り姿や、

クレヨンしんちゃんのあの茄子型の顔は本物だったんだ!と気付かされた横顔や。

モロー反射炸裂で手をブンブン振り回し、自分の顔を叩いて大泣きしたり、
後頭部にドレッド風毛玉ができていたり。
そんな日常のひとコマひとコマが愛おしく思えてきた。
生活はがらりと変わったけれど、
まだ何にも染まっていない純粋な心を持つ小さなオッサン(と呼んでいる。女の子ですが)に、日々驚かされ、感動させられ、笑わせられ、時には泣かされる毎日がとても新鮮であります。
(それでもやっぱり仕事したり一人時間は欲しいかな・・・。)















上田義彦写真集 at Home 上田義彦
13年間の家族の記憶。どこにでもあるその家族の風景は、上田氏の手にかかると柔らかく懐かしい夢のようなイメージに変わり、何だか胸がしめつけられる。