本のアーカイブ
10月
14
2006

講談社文芸文庫シリーズの装幀が美しいなぁといつも思っていて、それが菊池信義さんだということを知りました。文字だけでここまで表現できるとは!(しかもあれだけ多くのデザイン!)ドラマチックで、手元に置いておきたいなと思わせる。思わずジャケ買いしてしまいそうです。

例えば、吉本隆明氏の「情況へ」のブックデザイン。「ぼけ体というのは、本と読者の距離関係において成立する手法だといえます。例えば5メートル先から『情況へ』の文字を眺めた場合、なんとなく書名が読めてしまうだろうと思うんです。でも、近づいていくと、通常は書名がクリアにあるはずなのに、逆に文字がぼけていく。自分が了解していたものが、不意に、未知のものへと変貌する一瞬の驚き。そこを演出してみたかった。」
(デザインノート10月号より抜粋)

なんとなく、写真家 杉本博司氏の感覚に近いものを感じる。

タイトルを背表紙ギリギリに配置したりと、距離や角度によって見え方が変化するような手法について、

どうしてこ、こんなことをするのか。
それは、一方的な表現ではなく、強く見る人を得て初めて、あるといえるモノでありたいから。読者と共犯関係を結びたいからなんです。本というモノと読者が出会う場所は書店の棚や平台で、装幀は舞台装置や衣装のようなもの。読者の五感に対して訴えられるはずです。色みがあって、モノとしての存在感があって・・・そして最終的には、文字の力によって、人の目を留め、手に取ってもらうことができる。
(デザインノート10月号より抜粋)

文字の世界は、深い。だから面白い。

3月
21
2006

女の子ものがたり

皮膚科の待合室に置いてあった、西原理恵子の「女の子ものがたり」。
「私の順番よ、来るなー!」
と思うほどのめりこんで我を忘れて読んだ。

せつない。
泣けた。
花粉症で良かった。
お話は、一人の少女が友達とともに成長する様を描いたものだが、
貧乏で最低限の生活を強いられている子供たちは、
苦しいけれど笑っている。
笑うしかないのだ。

* * *

私の中学時代はキョーレツであった。
そして友達もキョーレツだった。
新大久保という「ヤクザ」な町で
色んなことをして自分の居場所を探していたなぁ。

捕まった子も、学校に来なくなった子も、いじめてた子も、
いじめられていた子も、悪いことしていた子も本当はすっごく良い子でやさしくて。
どうしてこんなに良い子のことを、大人は分からないのだろう。
寂しいだけなのに。
早く大人になりたかったんだなぁ。

先日ある人に「かわいい写真」だと言われた。
「性格が悪い人が撮るような写真ではない」と。
普段、腹の中が真っ黒で毒舌な私は
恥ずかしくて顔から火が出そうだった。。。

中学の頃のような、純粋で透明で無垢な時間を
探しているのがバレたかと思って。

やっぱり写真を見てもらうのは、未だに恥ずかしい。

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