本のアーカイブ
1月
25
2010

おそらく、人生の中で今が一番ウン●との接触回数が多いと思われる。
子が生まれて間もないころは飲んだら出るので、1日10回近くは目にしていた。
そして、思い出した。
イスラエルで考えていたことを。
               
* * *

イスラエルで見かけたある看板広告でオシャレっぽいグラフィックが使われていたのだが、
その中の要素の一つが、どう見てもウン●にしか見えなかった。
思い出したら他にも、これはどう見てもウン●だよなっていうグラフィックが結構あって、
たとえばアフターシェイブのボトルに描かれている泡、
アイスクリーム屋のイラストなど、私の目からはどう見てもウン●なのだ。

どういう形かというと、こういう形。(とぐろ)
普通に生活している皆さんなら経験からお分かりだと思うが、こういう形のウン●をするのは至難の技だ。(子供の頃一応試してみた)

この形を見てウン●と連想するわけは、実物ではなくてどこか他に理由があると思い考えてみたのだけど。
(因みに日本のGilletteでは控えめに添えられている)

日本ではウン●に対して「愛着」や「親しみ」のような感情があるようだ。
実際、生活の中で実物以外のウン●をよく目にする。

例えば携帯のEメールで使われている絵文字。
一般的に普及している携帯は年齢問わず使われているし、ターゲット層は広いはず。
その中で、お花やニコニコマークなどと一緒になんの違和感もなくウン●の絵文字が並べられているということは、日本国民がウン●に対して、上記のような決してネガティブではない感情を持っているという前提の上で採用してると思うのだ。

このウン●絵文字は場を和ますだけではなく、これを受け入れてくれるか否かで何となくその人の性格が分かるので、便利ツールとして私もよく使っていた。
(もちろん時と場合を考えるよ)
そしていつからか、ダンナも臨機応変にウン●の絵文字を使いこなすようになっていた。

あとやっぱりアニメの影響も大きい。
私の世代だとアラレちゃんのうんちつんつくつんとか。
観光地へ行けば「運」がつく、ということでウン●型のお守りが売られているし、置物も置いてあったりする。こんな商品も売られているし。
(参考:これこれこれなど)

またウン●関連の書籍もよく目にする。
これこれなどどれも真面目な本だが、イラストがカワイイので目を背けることはまずない。
またこんなサイトもある。

もちろん実物は美しいものではない。
だけど、日本人得意のカワイイものに仕上げる技術とセンスで愛されキャラに変身してしまう。
これがアメリカとかイスラエルだったら、、、
描写がリアルすぎて親しまれるどころかドン引きされるだろう。
ウン●がこんな風に扱われている国なんて、日本以外にはないんじゃなかろうか。

日本の文化やアニメが世界に広がりつつある今、
イスラエルの携帯で「ウン●」が見れる日はそう遠くはないのかもしれない。

総論:ウン●を、愛されるべきカワイイキャラクターに仕立て上げ、コミュニケーションツールとして採用した日本人のセンスに脱帽!

1月
06
2010

92

pic
お正月は父方の祖父の家に集まりました。
子にとってはひいおじいちゃん、何とその年の差は92歳!
祖父は寝たきりで目も殆ど見えなくなってしまったが、手を握り、アウアウという声を聞き、赤子との時間を楽しんでいたようで、「こうして皆が集まる声を聞くと、長生きしてみようかなと思える。」と呟いたのが聞こえました。

その祖父は2007年に「ゼロからの出発」というタイトルの自伝を出版しました。

祖父の人生は波乱万丈すぎて簡単に説明などできないのだけど、活動を2つに絞ると、山田模型でプラモデルの模型デザイナーとして、開発・設計・図案・箱絵の全てを一人で手がけ、当時大ヒットしたGOGOサブマリンという潜水艦を始め、プラモデル業界に貢献してきました。

その後プラモデル業界を離れ、押すだけでお湯が出るエアーポットをしくみを発明し特許取得後、ラジコンの飛行機を作りながら生活していました。

その他にも、小卒の時点で働かざるを得ない状況という今じゃ想像もつかないほど「超」貧乏な中、家族の死・行方不明(戦死含む)を乗り越えながら絵描きとして自ら仕事を取っていく苦労や、子供3人抱えながらデザイン会社を営む過程(3?4畳間×2階建ての兼実家)、開発(もの作り)と経営の難しさなど色々書かれています。
もの作りと経営については、時代が変わってもあんまり変わらないですね。

因みに押すとお湯が出るポットのアイディアは、当時祖母が湯飲みにお湯を注ぐときにポットごと倒しているのを見て、ああ、これじゃぁ不便だろうということで作ってみたとのこと。
アイディアは実は身近にあるのですよね。
でもそれをカタチにしてビジネスに乗せるのが至難の業。

本を書き始めたのは、80代後半でしょうか。原稿用紙びっしり手書きでコツコツと書いていたのを覚えています。

話を最初に戻すと、久々に会った最近社会人になった従兄弟は映像系のフリーランスとして仕事をしているらしい。
これで親戚・家族誰一人として会社勤めをしていない状態となった!
自分の子もどういう道に進むのか、今から楽しみ。
(心身ともに健康だったら何でも良いのだけど。)

* * *

私は今年一年は思う存分赤ちゃんという生き物を観察し、楽しみ倒したいと思います。
どんな瞬間も見逃すまい。

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
皆さまにとって幸多き年になりますように。

12月
26
2009

この本は一体何年前に買ったのだろう・・・。読もう読もうと思ってなかなか進まなかったのは、パラパラとめくった感じでは文章が固く取っ付きにくい印象だったから。そして産後3週間もかけてやっと読み終わった。(睡眠不足で細かい文字と難しい内容が頭に入らない!誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論もまだ読みかけだ・・・。)

原氏の仕事は多岐に渡り、有名どころだと無印良品や銀座松屋、森ビルのブランディングなどを手がけたデザイナーとして知られていると思うけれど、他にも長野オリンピック開会式プログラムやコーヒーのMaxim/Blendyなどへぇ?っと思うようなものも手がけている。

技術的なデザインプロセスではなく、デザインと社会との関係や哲学など自身が関わったプロジェクトを例に挙げながら説明し、視覚的な側面が目立ちがちなデザインの本当の姿を教えてくれます。

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